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2007.12.13 【参議院】 総務委員会 放送法等の一部を改正する法律案について

[001/001] 168 - 参 - 総務委員会 - 10号
平成19年12月13日

○放送法等の一部を改正する法律案(第百六十六回国会内閣提出、第百六十八回国会衆議院送付)

発言者情報
上智大学文学部 新聞学科教授   音 好宏君
民主党・新緑風会         藤末健三
自由民主党            末松信介

(前略)


○参考人(音好宏君) 上智大学の音でございます。よろしくお願いいたします。
 私、マスメディア論を研究している立場で、今回の放送法の改正の論議に関しまして考えておりますことを幾つかポイントを絞って意見を述べさせていただければと思います。今回の放送法の改正に関しては幾つか論点がございますけれども、私、お手元に幾つかポイントのみを書かせていただきました。それに沿いましてお話をさせていただきます。
 まずは、今の放送サービスに関しましてでございますけれども、その環境というものは非常に変化をしております。特に、二〇一一年の地上波、BSの完全デジタル化、全国ブロードバンド化に向けて、正に次世代の情報社会をデザインする正念場というふうに認識をしております。その意味では、制度整備を早急に進めるべきときにあるというふうに考えております。この四月に放送法の改正案が出されてから半年余り審議が止まっているという状況がございましたけれども、この時期に改正に向けて大きく動いたことに関しまして関係者の方々に敬意を払うものでございます。
 また、その中での議論におきまして幾つか論点が出ておるかと思うんですが、そのことに関しまして私の日ごろ考えていることをポイントを絞って述べさせていただきます。
 まず第一点目は、NHKに関する改正につきましてでございます。NHKのガバナンス強化と経営委員会の在り方についてまず述べさせていただきます。
 今回のNHKのガバナンス強化を目指した改革といいますのは、御存じのとおり二〇〇四年夏に発覚をいたしましたNHKの不祥事に端を発するもので、その中で経営委員会の監督機能を強化する、それによってNHKのガバナンス強化を図ろうという趣旨と理解をしております。歴史的に見ましても、NHKの経営委員会は会長以下執行部のやや承認機関といった色彩が強かったことも確かというふうに感じております。放送法に関する論議におきましても、一九五九年、昭和三十四年の放送法改正に当たって論議がされた程度でございまして、経営委員会の在り方に関しての論議というのは放送法を研究する立場としましても非常に少ないというふうに認識をしております。
 放送法上、執行部の長でありますNHKの会長は非常に大きな権限を有している形になっております。その会長以下執行部を監督するのが経営委員会ということですが、そこで改めて確認しなくてはならないのは、経営委員会は国民の代表としてNHK執行部をチェックをしているということでございます。だからこそ、その任命に当たっては国会の承認を経てということになっているわけでございます。とすれば、経営委員会で何が論議されているかにつきましては常に広く国民に知らせる必要がある、またどのような形で経営委員が選任されているのか、その透明性が求められているというふうに私は認識をしております。
 現行の制度運用におきまして、経営委員会の選任に関しましては国民から見えにくい部分が多いようにも感じております。経営委員会委員長の選任は経営委員会の委員の互選によって選ばれているのに、この人は経営委員長含みで経営委員に選ばれたですとか、その理由は総理大臣に近い人だからといったことが新聞などで報じられていることがございます。国民の代表であるということからすれば、その選任過程はより透明性が求められるべきだというふうに考えます。
 特に今回の改正案では、常勤の経営委員が置かれるとされております。とすれば、当然、非常勤のみであったこれまでの経営委員とは異なり、常勤で経営委員のできることが事前要件になるであろうということが考えられ、その上で選任されることにならざるを得ないというふうに認識をいたします。加えて、常勤の経営委員と非常勤の経営委員とでは、常勤の経営委員の方が日ごろからNHK内部にいる分、当然NHKに関する知識量もより多く持つことになるでしょう。そこでは経営委員会での発言力の差も付いてくるというようなことが容易に予想されます。であるからこそ、その選任過程につきましての透明性が求められますし、また経営委員会での論議が広く国民に分かるように公開されるべきだと考えます。
 経営委員会で何が論議されたのかに関してNHKのホームページで公開されるようになったことは、以前よりもよりアクセスが容易にはなりましたが、とはいいましても、現在の議事録では、経営委員のみの打合せという部分についてはその内容が公開されていません。国民の代表であるならば、まず国民にその論議を広く伝えるべきではないかと考えます。言い換えれば、経営委員会の強化というのが今回議論をされておるわけですけれども、その透明性とセットでなされるべきなのではないのかというふうに考えます。
 引き続きまして、国際放送の命令放送の制度に関しましてでございますけれども、昨年六月の政府・与党合意を受けて総務省でなされた国際放送の論議に私も参加をいたしました。国際放送の強化に関しましては、諸外国、特に東アジア諸国の情報発信力の高まりなどを受け、その要請の声が高まったと聞いております。海外に向けた日本の発信力が強化されることは良いことだというふうに私も思います。ただし、注意しなければならないのは、その発信の仕方でございます。
 日本は幸運にもアジアの中で比較的早く近代化が進み、また曲がりなりにも民主的な政治体制が構築されている国です。アジア諸国の中にはいまだ民主化の遅れている国があることもまた確かでございます。そのような同じアジアにあって、日本から発信されている国際放送は民主国家にふさわしい放送であるべきだというふうに考えます。政府にとって都合の良いことも悪いことも、日本国民にとって恥ずかしい出来事も隠さず客観的に報ずるメディアであるべきだというふうに考えます。そのようなメディアを持っていることこそが誇りなのだというふうに考えるべきだと思います。その意味におきまして、今回の改正案において、命令放送制度を取りやめ、要請放送制度にすることはメディア研究者としても支持するところでございます。
 次に、認定持ち株会社制度の導入に関しましてでございます。
 今回の認定持ち株会社制度の導入に関しましては、放送のデジタル化に向けた設備投資などにより、特にその経営基盤が脆弱な地方民放局でその経営が大きく揺らぐことが懸念されたということによってなされたことは御存じのとおりでございます。具体的には、ネットワークによる資本関係を強化することで相互補完により地方民放局の経営を強化しよう。言い換えれば、地方民放局の経営の下支えをするための方策としての認定持ち株制度というふうに私は認識をしております。
 しかし、当然のことながら、それにより放送の多様性がどの程度担保されるのか。特に地方文化の放送サービスがどの程度担保されるのかが重要になってくるわけでございます。特に戦後のテレビネットワークが発達する過程で、在京キー局と新聞全国紙との資本関係が整理、強化されていった歴史がございます。在京五局の社長の半数以上が全国紙出身であるということを見ても分かるとおりでございます。
 日本の放送におけるクロスオーナーシップに関しましては、マスメディア集中排除原則によりまして三事業支配の禁止などが定められております。しかしながら、日本のメディアの歴史的な発展過程の中で新聞資本が常に新たなメディアサービスの開拓をしてきたという歴史的な経緯もあり、新聞資本との新しいメディアとの関係ということに関しましては、先進諸国と比べてもやや緩やかであるというふうにしばしば指摘されるところでございます。
 ローカル民放局の経営基盤を強化するために立て直しをするため、今回の認定持ち株制度を導入することは、取りも直さず、ローカル放送局の経営基盤を強化することにより、それぞれの地方文化の発展がなされることが求められるわけでございます。そのことは、ひいては多様で豊かな日本の放送文化の発展につながることが期待されるわけですけれども、そのことのために、今回の認定持ち株会社制度の導入によって全国のローカル放送局の系列化が強化されるというのではなく、また放送の多様性が損なわれるということがないように、運用に当たっては十分な配慮がなされるべきだというふうに考えます。
 ちなみに、このような論議は先進諸国でも度々行われております。デジタル化など放送技術の発達により多メディア多チャンネル化が実現したので、多様性が担保されているのだから所有規制を緩和してもよいというような議論でございます。
 ただし、このような議論は、えてして産業政策的な論議と連動しているケースが多く見られます。そのようなこともありまして、近年、この多元性に関しましては科学的な指標により検討がなされるケースが多うございます。
 例えば、米国におきましては、二〇〇三年にFCC、連邦通信委員会によって、科学的な指標としてどのぐらい多元性が担保されているのかということを示すダイバーシティー・インデックスの研究を発表し、それに基づいてFCCは所有規制の緩和を図ろうとしました。ただし、米国の場合はこのダイバーシティー・インデックスの有効性が問題となり、市民団体などがFCC、放送局を訴え、その所有規制の緩和政策の妥当に関して裁判で争われ、結果的にFCCが負けるというような事例もございました。
 私が注目をいたしますのは、多元性がどのぐらい担保されているのかを科学的なデータを基に説得力のある説明が求められているということでございます。多元性が担保されているのだからといって多様性が担保されているのかというと、そこには若干問題がございます。この点に関しましては、後ほど、もし御質問がございましたらもう少し詳しく申し上げようかと思います。
 ただ、いずれにいたしましても、日本においても放送の多様性がどれだけ担保されているのかを科学的に測定し、説明できるデータ、指標が求められているのではないかというふうに考えられます。
 私事で恐縮でございますが、このような研究開発はメディア研究者の中では随分議論がされているところでございます。私も昨年度、放送文化基金より研究助成をいただき、放送の多様性に関する研究を行い、放送の多様性に関する指標化の試みを行ったことがございます。今後、BS、CS、ケーブルテレビなど多メディア状況になる中で、その多メディア状況に対応した指標づくりというものを日本でも検討し、それが政策に反映されていくような状況がなされるべきなのではないのかというふうに思います。
  最後に、再発防止計画の提出を求める制度についてコメントを述べさせていただきます。
 お聞き及びの方も多いかと思いますけれども、この一月に発覚をいたしました「発掘!あるある大事典Ⅱ」のデータ捏造問題に関しましては、私も外部調査委員会のメンバーの一人として参加をいたしました。その後の再生委員会のメンバーとして、原因究明、再発防止、その後の関西テレビの再生に向けた提案などにも深くかかわった経緯がございます。
 今回、政府案として提出されました、行政が再発防止計画の提出を求めるに係る制度に関しましては、言論・表現機関である放送局の独立性を損なう危険性をはらむものと見ておりました。この案が浮上した際、正直、政治的なパフォーマンスのにおいすら感じました。その意味におきましては、今回修正案としてこの制度を設ける案が削除されたことを支持するものでございます。
 ただ、この春にこの制度の導入の論議としてBPOが強化がなされたわけですが、先ほど川端先生の方からもその辺り御紹介をされましたけれども、この第三者機関としてのBPOの活躍に関しましては私は非常に評価をしておるところでございます。ただ、「あるある」の調査に実際にかかわった者としては、若干このところの議論に関して疑問を持っているところもございます。
 放送メディアにはそれぞれの事情があり、その状況を十分に把握し、かつ、その中で健全な放送サービスの在り方を視聴者とともに模索してこそ豊かな放送サービスは発展していくものだというふうに考えます。その意味におきまして、CS放送ですとかケーブルテレビですとかというものも含めてBPOの守備範囲に含めるべきとの御論議があると聞いておりますが、その辺りの部分に関しましては十分に議論をする必要があるのではないのかなというふうに私は認識をしております。
 特に、今BPOに関しましては東京にございます。先ほど御案内の関西テレビの例で申し上げますと、関西にある放送局のことでございました。やはりどうしても地域によって少し事情が違うなどというようなことと同様に、ただ、地上放送に関しましてはBPOさんの活躍を非常に私は頼もしく思ったのですけれども、これがCS、ケーブル等々他のメディアに関しても展開をするというふうなことになることに関しては、若干大丈夫かなというふうに思うところもあるものでございます。やや厳しい言い方を申し上げれば、放送監督機関のやや下請になってしまう危険性はないのかというふうに研究者として思うものでございます。
 最後に、まとめになりますけれども、先ほど述べましたとおり、今は放送の将来を設計する非常に重要な時期だというふうに考えております。国民にとって豊かでかつ健全な放送サービスが実現されるために、国民の代表が集まる国会の場において十分な検討を行っていただければと存じます。
 以上でございます。ありがとうございました。

○委員長(高嶋良充君) ありがとうございました。
 以上で参考人の意見陳述は終わりました。
 これより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。

○藤末健三君 民主党・新緑風会・日本の藤末健三でございます。 私は本来は経済産業委員会のメンバーではございますが、本日は民主党の放送法研究チームのメンバーとして質問させていただきます。
 まず、三人の、上澤先生、川端先生、音先生、本当に意見陳述ありがとうございました。
 私がまずお話お聞きしたいのは、音先生にお聞きしたい点がございます。
 音先生の方から放送の多様性の議論をいただいたわけでございますが、今の我が国の地域の放送の多様性というものを見ますと、先生がおっしゃいました三事業の支配禁止というのがございます。この三事業の支配禁止はどのように決まっているかということを私いろいろ調べてみますと、まず省令というレベルで、放送局の開設の根本的基準という省令で決まっていると。これは総務省が独自に決めることができる基準になっているということと、そしてもう一つございますのは、同一地域におけるテレビとそしてAMラジオを特定の新聞などが支配しちゃいけないと、一〇%を超える出資をしちゃいけないという基準になっているわけでございますけれど、このような地域における様々な多様なメディアを一つの資本が支配しちゃいけないというような事業規制について、ちょっと先生にもうちょっと深くお教えいただければと思います。お願いします。

○参考人(音好宏君) 音でございます。
 今の先生の御指摘でございますけれども、これは諸外国を見てみましても、メディア資本の集中というものに関しては様々な形で規制をされているというのが実態でございます。もちろんのこと、その目的といいますのは多元的なメディアサービスというものが維持されることによって多様な意見が出るようにということでなされているものでございます。
 近年、先ほど私ちょっと御紹介をさせていただきましたけれども、新しいメディア技術の発達によりまして様々な放送メディアですとか活字系のメディアですとか通信系のメディアというものが出てくる中で、その所有の緩和というものが特に先進各国で議論をされておるところでございますが、つまり緩やかにはだんだんなりつつはございますが、常にここでは、正に三事業支配の禁止にございますように、集中をどこまで許していいのかというのはそれぞれの国で大きく議論をされているところでございます。
 私が先ほど、それを一つの指標化、科学的な指標に基づいてそれをしっかり議論すべきなのではないのか、例えば米国などではそういうことがなされておるというふうに申し上げましたのは正にその点でございます。

○藤末健三君 今の日本のこの基準、三事業支配の禁止の規制でございますけれども、細かい内容を申し上げますと、ある地方の新聞社が、例えばテレビの一〇%を超えて出資しちゃいけない、同時にAMラジオに対して一〇%を超して支配しちゃいけないと。
 今、非常に、この基準自体がもう昭和二十年代に定められ、テレビの基準も三十年代に作られたと思うので、非常に古い時代に定められた基準でございますが、例えば私がお聞きしたいのは、新聞社がAMラジオを支配しなければテレビは幾らでも出資できるような今仕組みになっていますよね、これ。このような規制が国際的に見て私はちょっと異常じゃないかと感じているんですけれども、その点、先生いかがでございますか。

○参考人(音好宏君) 済みません、私が特に研究領域としておりますエリアが米国が多いものですから、また米国の例を申し上げさせていただきますと、例えば米国の例ですと、ラジオ放送に関しましては、比較的マーケットパワーが弱くなったこともありまして緩和というものが早く進みました。逆にテレビと新聞に関しましては、社会的影響力が大きいということで、メディアとしてのマーケットパワーがあるということで、ここに関しての複数所有というものに関しては厳しい規制がなされて、それがこのところの多メディア多チャンネル化の中でやや緩やかになってきているということでございます。つまり、その時代又はその社会のメディアのポジショニングということを十分検討しながら規制というものがなされているというのが米国の事例でございます。
 これは、今具体的に米国の事例を申し上げましたけれども、ヨーロッパの先進諸国におきましても同様な検討、議論がなされているというふうに考えていただいて結構かと思います。

○藤末健三君 先生のちょっと御意見をお聞きしたいのは、今この基準はAMラジオを支配しなければ新聞社は幾らでもテレビに出資できると。
 今、地方の状況を見ますと、地域で地方の新聞が大体過半数を占め、かつ放送局も二つしかないと、民放は、というような事例がございますけれども、AMラジオ放送に出資しなければ新聞社はテレビに関してどんどん出資をできるよというような基準はちょっとどういうふうにお考えですか。私はおかしいんじゃないかとちょっと思っているんですけれども、先生の御見解を明確に伺えますか。

○参考人(音好宏君) これは非常に難しい問題ではございますけれども。私、名前が非常にラジオ的な名前なものですから、ラジオに非常にシンパシーを感じておるのですが、例えば災害のときなどにラジオの媒体価値というものは非常に大事であるということはしばしば言われるところでございます。先ほどアメリカの事例でラジオは比較的早く規制緩和がなされましたよということを申し上げましたけれども、本当にラジオの価値というものがアメリカでなされたような形で緩和されていっていいのかどうなのか、これは私、非常に検討する必要があるのではないのかなというふうに思います。
 今先生の御指摘は、恐らく、言葉は悪いですけれどもラジオを捨てることによってフリーハンドになるメディア資本が出てくるのではないのかと、そのことを危惧されていらっしゃるんじゃないのかなというふうに思うんですけれども、私も、そのような形で日本の場合ラジオというものが切り捨てられていくというようなことが起こってはなかなかいけないのではないのかなというふうに思います。
 アメリカとの比較で申し上げますと、アメリカでは正にラジオの規制緩和がされる中で非常に多チャンネルのラジオというものが出てまいりました。数人でしか放送局をやっていないというようなラジオ局が圧倒的に多いわけですけれども、日本の場合、その意味でいいますとAMラジオ局は相当人数を掛け、ニュース等も割としっかりとやっている。その意味では日本の社会に合った形のラジオの在り方、それに連なる形での三事業の関係性というものが論議されるべきなのではないのかなというふうに認識しております。

○藤末健三君 それともう一つお聞きしたいのは、この三事業の支配規制が、日本の場合は省令という総務省が定められる規則でやられているわけでございますが、アメリカとかあとヨーロッパの例を見ますと、アメリカは連邦法とあと州法で規制しているという状況でございまして、放送とかメディアの規制という非常に重要なものが省令というレベル、行政機関が独自に決めるレベルで定められていることについては、先生の見解をちょっとお聞かせいただけませんでしょうか。

○参考人(音好宏君) この点に関しましても、様々議論をするべきところだと思うんですけれども、正にメディアの多様性、メディアから提供されるサービスの多様性というものをどういうふうに考えていくのかということだと思います。
 あるメディア研究者は、マスメディア集中排除原則というのはメディアの中における憲法のような存在なのであるというふうに非常に強くおっしゃる方もいらっしゃいます。憲法なのであるというふうにまで言っていいのかどうかというのは私はちょっと微妙なところもあると思いますけれども、少なくとも言論の多様性というものを担保するということにおいては十分な議論ができるような仕掛けというんでしょうか、そこは必要ではないのかなというふうに思います。

○藤末健三君 私も、先生のおっしゃいますように、メディアというのは非常に大きな力を持っておりますので、きちんとした規制の在り方などは、行政府じゃなくて、もっと広く議論されるべきじゃないかと思います。
 そして同時に、メディアの独占規制という話を先生からお聞きしますと、アメリカの事例を教えていただいたんですが、FTC、日本でいうと公正取引委員会みたいな一般産業やビジネスの独占状況を規制する組織が、アメリカでは例えばメディアなんかの独占状態を評価するという仕組みがあると聞いているんですが、その点についてもっと詳しく教えていただけないでしょうか。

○参考人(音好宏君) アメリカの場合は、先ほど私の報告の中で御紹介させていただきました連邦通信委員会というところが、FCCというところが放送、通信に関して所管をしておるわけですけれども、それとは別に、今先生から御指摘がありました連邦取引委員会、FTCも同様に放送に関して、又はメディアに関しての様々な活動に関して命令をしたりですとかというようなことがございます。
 例えば、放送に関しましては、虚偽の内容を含む広告放送に関しての監視、規制なども行っておりますし、また、日本でもしばしば報じられるかと思いますけれども、巨大メディア資本の合併などに関して、それが市場において十分な競争がなされる状況を担保できるかどうかということに関してFTCの方から様々な意見が出されるというふうなこともございます。
 その意味におきましては、FCCと並び称する形でFTCも放送に関して発言をしている、行政の仕掛けとして様々な形で関与しているというふうに言っていいかと思います。

○藤末健三君 音先生、どうもありがとうございました。やはり欧米との制度的な比較というのは、私はちょっとこの議論、放送法の議論で大事じゃないかと思っていますので、いろいろ勉強させていただき、ありがとうございました。

(中略)

○末松信介君 最後に、時間がなくなりまして、音先生にもう一言だけ。
 いろいろとお聞きをしたかったんですけれども、ローカル局、地上波デジタルの対策に相当の金が掛かって苦しいと、今のこの認定放送持ち株会社制度の導入ということによって、ある面でこれは資本的には支えられる面が出てきますけれども、しかしキー局がローカル局を支配してしまうということがあってしまうと。これによっていろいろと、先ほど申し上げられたように、地域の文化とかそういったものが発信しにくくなるし、自社の制作ができなくなってくるということなんですけれども、この点について、改めてどういう方向で持っていくべきかということの先生のお考えだけ、もう一度ちょっと述べていただいて、終わりたいと思います。

○参考人(音好宏君) 今回の新たな制度というものに関して、私は否定するものではございません。それは先ほど申し上げたとおりでございます。
 研究者として地方民放局を調べている中で、やはり今回のデジタル化ということは相当厳しい経営に対するプレッシャーになっていることは間違いないかと思います。
 もう片方で、今までの日本の民間放送は地元のやっぱり放送文化の担い手であったことも非常に間違いございませんでして、正に先ほどの上澤さんのお話にございましたとおり、地元と向き合ってどのような形で放送サービスをちゃんと提供していけるのかという、ある種の志というようなものが示されるかどうかということが非常に重要なのではないのかというふうに認識をしております。
 その意味では、この制度の運用に関して十分に議員の方々も御議論をいただきまして、地元の放送局が自分たちの番組をうまく発信できるような、そういうような形にしていただければなというふうに思います。

○末松信介君 ありがとうございました。

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